로그인— 追跡者の影(1)—
夜が明ける頃、セリスとライルは森の中を抜け、東へと歩を進めていた。
「次の街は?」
セリスが問いかけると、ライルは地図を広げながら答える。
「ここから北東に二日ほど進んだ場所に《ルーヴェン》という町がある。交易が盛んな町で、情報が集まりやすい」
「……そこで手がかりを探すの?」
「そうだな。まずはお前の“記憶”に関わる情報があるかどうか調べるのが先決だ」
セリスは小さく頷いた。
——エルセリア王国の滅亡の真実。
——王族に受け継がれる記憶の力。それらを知るための手がかりを求め、彼女たちは旅を続ける。
だが、その背後には確実に追跡者の影が迫っていた。
***
帝国軍拠点・指令室
「……逃げられた、だと?」
低く冷たい声が響く。
ヴァルガルド帝国軍の指令室。
そこには、漆黒の軍服をまとった男が立っていた。「申し訳ありません、ヴァルドリッヒ将軍……」
報告に来た兵士は額に汗を浮かべながら頭を下げる。
ヴァルドリッヒ・カインツ。
帝国最強の将軍と称される男。「傭兵風の男に邪魔され、捕縛に失敗しました。しかし、相手はおそらく……」
「ライル・フェンリス……か」
ヴァルドリッヒは小さく呟いた。
「ゼルヴァニアの“狼”……なるほど、厄介な相手だ」
その名を知っているのかと、兵士は驚いたように顔を上げる。
ヴァルドリッヒは椅子に座り、指を組みながら静かに続けた。
「だが、今はそれよりも重要なのは……“あの娘”だ」
エルセリア王国の生き残り。
王族に受け継がれる“記憶の力”を持つ少女。「……ガルヴァン閣下が動く前に、我々が片をつける。追跡部隊を増やせ」
ヴァルドリッヒは指を組みながら、わずかに口元を歪めた。 「所詮、黒鴉は先遣隊に過ぎん。……本命の狩人を送るとしよう」 兵士は戦慄しながら、深く頭を下げる。「……はっ!」
ヴァルドリッヒの命令を受け、兵士たちはすぐに動き出す。
帝国の追跡の手が、セリスへと迫ろうとしていた。
***
旅の途中
「……ライル、誰かが追ってきてる」
セリスは背後に漂う気配を感じ、警戒の色を浮かべた。
ライルは無言で剣の柄に手をかけ、低く囁く。
「どれくらいの距離だ?」
「そんなに遠くない。三人……いや、四人?」
セリスの記憶の力が微かに作用し、追跡者の数を直感的に感じ取る。
「動きが早いな……」
ライルは一瞬考え込み、セリスに視線を向けた。
「お前、戦えるか?」
セリスは戸惑った。
今まで護身のために剣を握ったことはあるが、実戦経験はない。
それでも——「……やるしかないよね」
彼女は覚悟を決め、腰に差した剣を握りしめた。
「いい返事だ」
ライルは微かに笑い、剣を抜く。
「見つけたぞ、エルセリアの生き残り……!」
黒い衣を纏った男たちが森の影から現れる。 帝国の追っ手が、ついに彼らの前に立ちはだかった。 四人——全員が武器を手にしており、明らかに戦闘の準備ができている。「……帝国の追っ手か」
ライルは低く呟くと、剣を抜いた。
それを合図に、敵は一斉に襲いかかる。「セリス、下がれ!」
そう叫ぶと同時に、ライルの剣が鋭く閃く。
一人目の兵士が突き出した槍を払い、ライルは一歩踏み込んで敵の肩口を斬った。
鮮血が飛び散り、男は呻き声を上げて後退する。「くっ……こいつ、強い!」
「囲め! 獲物を逃がすな!」
三人は迷いなく動いた。隊列を組むように立ち位置を調整し、一人が囮となってライルの視線を引きつける。その間に、もう一人が死角から短剣を投げ放つ—— 「チッ!」 ライルは反射的に身を逸らし、短剣を避けるも、僅かに頬をかすめた。 (……なるほど、ただの兵士じゃないな) 連携と隙のない動き。これが、帝国の暗殺部隊“黒鴉”か。 だが、その瞬間——「……!」
セリスは、頭の奥で何かが弾けるような感覚を覚えた。
視界が一瞬、白く染まる。(……これ、は……)
——それは“記憶”だった。
彼女の中で、過去の誰かの戦いの記憶が流れ込む。
剣を構える仕草、敵の動きの読み方——全てが、まるで自分の経験のように理解できる。
「セリス!」
ライルの声に意識を引き戻される。
目の前には、剣を構えた敵兵。
(……できる!)
セリスは迷いを振り払うように剣を抜き、敵の攻撃を受け流した。
そして、無意識のうちに体が動く——剣閃が走り、敵の刃を弾く。
「なっ……!」
敵兵は驚愕の表情を浮かべた。
彼女の剣の軌道は、まるで熟練の剣士のようだった。だが、本人はその動きに戸惑っていた。
(……これ、私が動かしているの?) 誰かに操られているような、不思議な感覚。それでも、敵の刃を弾き返す動作は、身体が覚えているかのように流れるようだった。ライルも、その動きを目の端で捉えていた。
(まさか……今のが“記憶の継承”の力か?)
戦いの最中にもかかわらず、彼は驚きを隠せなかった。
セリスの動きは、今まで見てきた彼女の剣さばきとは明らかに違っていた。だが、敵も黙ってはいない。
「ちっ……やるな!」
負傷した兵士が後退し、もう一人がセリスに襲いかかる。
セリスはその攻撃を受け流そうとしたが——
(……っ!)
身体が急に重くなる。まるで、体の中に“別の誰か”が入り込んでいるような感覚—— 視界が滲み、耳鳴りがする。 (このままじゃ……意識が……) 敵の剣が迫る。しかし、頭の中が混乱し、反応が遅れる。その隙を突かれ、敵兵の剣がセリスの肩を掠める。
「くっ……!」
鋭い痛みが走るが、致命傷ではない。
だが、次の一撃が来れば危ない——「セリス、伏せろ!」
ライルの声が響いた。
彼の剣が鋭く振り下ろされ、セリスに迫る敵の刃を弾き飛ばす。
「……よく戦った。だが、まだ無茶はするな」
ライルが微かに笑う。
セリスは息を整えながら、小さく頷いた。
***
最後の敵兵が剣を落とし、地面に膝をつく。
「……お前たち、何者だ?」
ライルが剣先を向けながら問いかける。
男は苦しげに息を整えながら、低く笑った。
「……俺たちは帝国軍特殊部隊、“黒鴉”の一員だ」
「黒鴉……!」
ライルの表情が険しくなる。
黒鴉——それは、帝国が誇る暗殺と追跡の専門部隊。
標的を執拗に追い詰め、必ず仕留めると噂される精鋭たち。「……逃げられると思うなよ。お前たちはすでに帝国の監視下にある……いずれ、必ず……」
男はそこで言葉を途切れさせ、意識を失った。
ライルは剣を収め、深いため息をついた。
「……厄介な連中が動き出したな」
セリスは肩の傷を押さえながら、ライルを見上げる。
「黒鴉……このままだと、また襲われる?」
「ああ……おそらく、これからが本当の戦いになる」
帝国の追跡の手は、確実に迫っている。
だが、それと同時に——セリスの“記憶の継承”の力も、確かに覚醒し始めていた。
— 追跡者の影(3)— 翌朝、セリスとライルは《ルーヴェンの町》の図書館を訪れた。 図書館は石造りの堂々とした建物で、町の中央広場に面していた。中に足を踏み入れると、古い書物の香りと静寂が広がる。天井まで届くほどの本棚がずらりと並び、かすかな蝋燭の灯りが影を作り出していた。「ここなら、何か手がかりが見つかるかもしれないな」 ライルは辺りを見回しながら呟いた。 セリスは図書館の奥へと進む。 歴史書や王国の記録が収められている棚を探しながら、ふと気づいた。 ——古い時代の記録が、ほとんど抜け落ちている。「ライル……これ、見て」 セリスが手に取った本のページを開くと、エルセリア王国の記述が不自然に途切れていた。 まるで、誰かが意図的に削除したかのようだった。「……やっぱり、王国の記録は抹消されているのか」 ライルが眉をひそめる。 エルセリア王国の滅亡から十年以上が経過している。 その間に、帝国によって歴史が改竄されたのだろう。 だが、それでも完全に消し去ることはできないはずだ。 セリスは慎重にページをめくりながら、小さな手がかりを探した。 そしてしばらくして、セリスは一冊の古びた本を見つけた。 『失われた王国とその遺産』 表紙に刻まれた題名を見て、彼女は胸が高鳴るのを感じた。 (もしかして……エルセリア王国についての記述が?) 急いでページをめくると、そこには驚くべき内容が記されていた。 ——《王の書庫》、エルセリア王国の王族が代々守ってきた知識の宝庫。 ——王国の歴史、魔法、技術、すべての記録がそこに眠る。 ——だが、王国滅亡と共に、その在処は歴史から消え去った。
— 追跡者の影(2)— 戦いの余韻が、森の静寂に溶けていく。 セリスは肩の傷を押さえながら、荒い息をついていた。 ライルも剣を収め、周囲を警戒する。「とりあえず、ここを離れるぞ」 ライルが短く告げた。 戦いの音が響いた以上、他の帝国兵が気づいていないとは限らない。 早く森を抜け、次の目的地へ向かう必要があった。「セリス、歩けるか?」「……大丈夫、行こう」 痛みはあるが、今は止まっている場合ではない。 セリスは剣を握りしめ、ライルの後を追った。 *** 森を抜けた先には、小さな町《ルーヴェン》があった。 石畳の道が整備され、木造の建物が立ち並ぶ。 町の広場には噴水があり、行き交う人々の活気が感じられた。「ここならしばらく身を隠せるかもしれないな」 ライルは町の様子を見回しながら呟く。 黒鴉の兵士たちは全滅したが、彼らが報告を済ませていた可能性は高い。 帝国が次の追っ手を送り込むのは時間の問題だろう。「まずは宿を探そう。それから情報を集める」「うん……」 セリスは小さく頷きながら、胸に手を当てた。 あの戦いの最中に甦った記憶——あれは一体何だったのか。 ほんの一瞬だったが、まるで別人になったような感覚があった。 剣を握る手が、自然に動いたあの瞬間—— (……もしかして、王国の誰かの記憶?) 自分の中にある《記憶の継承》の力。 その意味を知るためにも、もっと多くの記憶を取り戻す必要がある。 (エルセリア王国の過去……そして、私の使命……) 深く考え込むセリスの横で、ライルが歩みを止めた。
— 追跡者の影(1)— 夜が明ける頃、セリスとライルは森の中を抜け、東へと歩を進めていた。「次の街は?」 セリスが問いかけると、ライルは地図を広げながら答える。「ここから北東に二日ほど進んだ場所に《ルーヴェン》という町がある。交易が盛んな町で、情報が集まりやすい」「……そこで手がかりを探すの?」「そうだな。まずはお前の“記憶”に関わる情報があるかどうか調べるのが先決だ」 セリスは小さく頷いた。 ——エルセリア王国の滅亡の真実。 ——王族に受け継がれる記憶の力。 それらを知るための手がかりを求め、彼女たちは旅を続ける。 だが、その背後には確実に追跡者の影が迫っていた。 *** 帝国軍拠点・指令室「……逃げられた、だと?」 低く冷たい声が響く。 ヴァルガルド帝国軍の指令室。 そこには、漆黒の軍服をまとった男が立っていた。「申し訳ありません、ヴァルドリッヒ将軍……」 報告に来た兵士は額に汗を浮かべながら頭を下げる。 ヴァルドリッヒ・カインツ。 帝国最強の将軍と称される男。「傭兵風の男に邪魔され、捕縛に失敗しました。しかし、相手はおそらく……」「ライル・フェンリス……か」 ヴァルドリッヒは小さく呟いた。「ゼルヴァニアの“狼”……なるほど、厄介な相手だ」 その名を知っているのかと、兵士は驚いたように顔を上げる。 ヴァルドリッヒは椅子に座り、指を組みながら静かに続けた。「だが、今はそれよりも重要なのは……“あの娘&rdqu
夜の静寂の中、草を踏む音と、かすかに吹き抜ける風の音だけが響く。 帝国兵たちの追跡はひとまず振り切ったようだが、それでも緊張は解けない。 ライルの戦いぶりは尋常ではなかった。 ただの傭兵とは思えないほどの剣の腕前、そして冷静な判断力— それに、彼がセリスに向ける視線には、どこか探るような鋭さがあった。 しばらく歩いたところで、ライルが足を止めた。「ここなら、少し休める」 視線の先には、大きな岩壁がそびえていた。 その影にひっそりとした洞窟が口を開いている。「この辺りは知ってる。傭兵時代に何度か使ったことがある場所だ」「……ありがとう」 セリスは少し警戒しつつも、疲れた身体を休めるために洞窟の中へと入った。 洞窟の内部は意外にも広く、壁には古びた焚き火の跡が残っていた。 ライルは慣れた手つきで薪を積み上げ、火打石を使って火をつける。 ゆらめく炎が洞窟内を淡く照らし、ようやく少し安心できた気がした。 セリスはそっと腰を下ろし、深いため息をついた。「……今日は色々ありすぎた」「だろうな」 ライルは焚き火を見つめながら、静かに言った。「帝国に追われる理由、聞いてもいいか?」 セリスは一瞬、口ごもった。 (この人に、どこまで話していいんだろう……) 彼は助けてくれた。でも、完全に信用できるわけではない。 それに、自分の正体を明かせば、彼がどう反応するかも分からない。「……言いたくないなら無理に聞かない」 ライルは肩をすくめて、あっさりと話を切り上げた。 その態度がかえって意外だった。「だがな、一つだけ忠告しておく」 彼は炎の揺らめきを見つめたまま、低い声で言った。「お前、自分がどれだけ危険な立場にいるのか、本当に分か
どれほど走ったのか分からない。 息が荒く、膝が震える。 森の湿った土の上に転がるように倒れ込んだ。 「……はぁ……っ、はぁ……っ……」 足がもう動かない。 鼓動が激しくなり、視界がぼやけていく。 (このままでは、捕まる……!) だが、もう走れなかった。 この森で、追っ手が来るのを待つしかないのか——? 森は鬱蒼と茂り、月明かりすら遮られていた。 冷たい夜気が肌を刺し、背後から聞こえる足音がますます恐怖を煽る。 肺が焼けるように痛み、足は鉛のように重い。それでも、立ち止まれば終わりだと、本能が叫んでいた。 そのとき。 ザッ——! 木々の間から何かが飛び出してきた。 セリスは反射的に身をすくめる。 ——剣を持った男だった。 「……誰だ?」 低く、鋭い声。 黒髪の青年。赤い瞳が月明かりに光る。 背には大剣を背負い、無骨な鎧をまとっていた。 (帝国兵……? いや、違う) 彼の鎧は帝国のものではない。 見たことのない紋章が彫られている。 青年はじっとセリスを見つめ、眉をひそめた。 「……お前、追われているのか?」 セリスは震えながら、小さく頷いた。 「帝国兵……村が……!」 それだけ言うのが精一杯だった。 青年はわずかに表情を動かしたが、すぐに真剣な眼差しに戻る。 周囲の気配を探るように、鋭い視線を走らせた。 「追っ手はどこまで来ている?」 「……すぐ、そこに……!」 セリスがそう答えた瞬間—— ガサッ! 森の茂みが揺れた。 そして、帝国兵たちが姿を現した。 「いたぞ! そこだ!」 「王の娘を捕らえろ!」 セリスの心臓が跳ね上がる。 兵たちは無駄なく散開し、まるで狩りを楽しむかのようにじりじりと包囲網を狭めていく。 「王の娘だと? 本当にこんな小娘が……?」 彼らの言葉に、青年は短く舌打ちすると、大剣を抜いた。 「……チッ。厄介ごとに巻き込まれたな」 剣閃が閃いた。 影に紛れるように立つ青年の剣が振り下ろされると、衝撃波のように空気が震えた。 鋭い一撃が帝国兵の槍を弾き、重々しい金属音が森に響いた。 「ぐっ……!」 弾き飛ばされた兵士が地面に転がる。 だが、残る兵たち
セリスは、この村を故郷だと思っていた。 物心ついたときには、すでにここにいたからだ。 朝になれば、パンとチーズの香ばしい匂いが漂い、農家の人々が畑へ向かう姿があった。子どもたちは川辺ではしゃぎ、夕暮れ時には囲炉裏の火が赤々と燃えていた。そんな穏やかな日常が、彼女にとってすべてだった。 小さな農村。名もない谷間の集落。 彼女を拾い育ててくれたのは、老婆のマルタだった。 「お前は私の孫さね。……ちょいと変わった目をしてるがね」 セリスは幼い頃から、自分が村の他の子供たちとは違うことを感じていた。 白銀の髪。透き通るような青い瞳。 村人たちは優しかったが、どこかよそよそしくもあった。大人たちは彼女に微笑みかけるが、視線が髪や瞳に向けられると、一瞬の躊躇いが見えた。そして何かを言いかけては、そっと口をつぐむことがあった。 それでも、セリスにとってこの村は大切な居場所だった。 特に、マルタの存在は彼女にとって唯一無二だった。 夜になると、マルタはセリスの髪を梳いてくれた。その手の温もりが、彼女にとって何よりの安心だった。 「セリス、お前は特別なんだよ」 マルタはふと、そんな言葉を漏らすことがあった。 その夜も変わらず、村は穏やかだった。 遠くでフクロウが鳴き、囲炉裏の火が静かに揺れる。 セリスは、マルタが作ったスープの余韻を舌に感じながら、毛布を引き寄せた。 ——突然全てが引き裂かれる。 村の夜を引き裂く悲鳴と、鋼がぶつかり合う甲高い音。 闇に包まれた集落を、紅蓮の炎が揺らめきながら照らし出していた。 家々が次々と爆ぜるように燃え、夜空に炎の舌が伸びる。 黒い影が剣を振り下ろし、血飛沫が夜の闇を赤く染めた。 黒い甲冑を纏った兵士たちが、怒号を上げながら村を蹂躙していく。 「エルセリア王家の血を引く娘を探せ!」 「どこにいる! 王の娘はどこだ!」 王の娘? セリスには何のことか分からなかった。 だが、本能が告げていた——見つかれば、殺される。 「逃げて、セリス!」 マルタが叫び、セリスを突き飛ばした。 その直後、鋭い閃光とともに槍が老婆の体を貫く。 「おばあちゃん……?」 時が止まったように思えた。 そして—— セリスの脳裏で何かが弾けるように走っ